松月のRhymes&Reasons

アメリカン・フォーク・ソングの言葉と想い そして源流をたずねる旅

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ミルトン・オクン~PP&Mとジョン・デンバーの架け橋

昨年の6月、「朝の雨」の記事の中で「ボブ・ディラン、ゴードン・ライトフット、ジョン・デンバーは、自分の歌がピーター・ポール&マリーに歌われて一躍有名になったシンガー・ソングライターなのです!」と言って、マネージャーのアルバート・グロスマンやプロデューサーのミルトン・オクンとのつながりのお話をしましたが、

PPMMポールさんがそれを読まれ、興味深いコメントを残してくださいました。記事を超えた話題なので、独立したエントリとしてご紹介させていただきますね

今日はジョン・デンバーとPP&Mを結びつけた素晴らしいプロデューサー、ミルトン・オクン(Milton Okun)さんの話で一緒に盛り上がることにしましょう

[NoTitle] by PPMMポール

松月様
PPMMのホームページへの書き込みありがとうございました。

このブログの中でもでてきていたようですが、名プロデューサー、ミルトン・オクンの存在も大きいのでしょうか。彼は、もともと50年代RIVERSIDEやSTINSONで、ソロのアルバムを何枚も出し、ハリー・ベラフォンテのベラフォンテフォークシンガーズのメンバーでもありました。またSKIFFLERSというフォークグループで、私の知るところでは3枚のアルバムを出しています。この時に収録されていた楽曲が、COME AND GO WITH MEだったり、Settle Down、STEWBALLなどでした。このあたりの楽曲は、当時のほかのグループはあまり歌っておらず、PP&Mのレパートリーの選曲に大きく影響を与えたといわれています。その他にもBROTHERS FOURの中期のコーラスアレンジなどもやっていました。モダンフォークのアレンジャーとして名をはせ、本当に素晴らしい楽曲を、すばらしいアレンジで聞かせる名プロデューサーです。
昔FM東京でジョンデンバーの特集をやっていた時だったか、いつ聞いた話だったか、記憶は定かではありませんでしたが、悲しみのジェットプレーンをPP&Mに取り上げてもらったのも彼の功績であったり、また借金を抱えていたミッチェル・トリオが、この楽曲のヒットによる印税収入で、借金を返済して、解散、ジョン・デンバーがソロとしてデビューしたといった話を
聞いたことがあります。彼のような名プロデューサーは、楽曲本来の魅力を、歌い手の性別をこえ、カバーさせ、それぞれの立場からそのうたの魅力を引き出すのにたけていたのかもしれません。当然歌い手の表現力が素晴らしかったのは言うまでもありません。

[ひとつの音楽の織りなす新世界ですよね!] by マーヤ

PPMMポールさん、
始めまして!名プロデューサー、ミルトン・オクンのことをいろいろと書いてくださり、ありがとうございます。彼は非常に長い期間ジョン・デンバーと共にいた人ですが、彼の活躍ぶりを知ることができて、とても嬉しく思っています!
これからもどうぞよろしくお願いしますm(__)m

[ミルトン・オクン] by George

素晴らしいプロデューサーですね。ジョン・デンバーも彼を頼りにしていたようなところがありますね。
 「ソングズ・ベストフレンド」の中で、確かミルトン・オクンが「緑の風のアニー」が誕生したときのいきさつを語っていました。ジョンは最初にミルトンの所に出来たての曲を持っていき、どのように歌ったらよいか、相談したそうですが、ミルトンは「そのまま歌えばいいよ」と答えたそうです。
 よいプロデューサーに恵まれることも、ヒット曲がうまれるための大切な条件ですね。



みなさん、興味深い解説をありがとうございました

へぇー、ミルトンってもともとフォーク・シンガーだったのですね!
ハリー・ベラフォンテと一緒に歌っていたこともあったなんてすごいです。
「セトゥル・ダウン」とか「ステューボール」ってPP&Mの歌としておなじみすぎて考えてもみなかったのですが、ほかのグループはあまり歌っていなかったのですね。だからこそPP&Mナンバーとしておなじみになったのですね。

「私の試練」とか「虹とともに消えた恋」などは、伝承歌を元にして作られた歌ですが、作曲者のところにミルトンの名前も書かれていますね。あの素敵なアレンジは彼の功績だったのですね

で、チャド・ミッチェル・トリオのプロデューサーでもあったミルトンが「悲しみのジェット・プレーン」をPP&Mに歌わせることができたのですね。この歌もまた純粋なラブ・ソングから反戦歌へと受け取られ方が変わっていますよね。でもどちらも素晴らしいのは、本当にミルトンがそれぞれの魅力を引き出してくれたからなのでしょうね

「ソングズ・ベスト・フレンド」は手元にあるのでちょっと見てみました。ミルトンが1曲1曲にコメントを入れてくれていてうれしいですよね。「緑の風のアニー」では、「チャイコフスキーの曲みたいだね」とか、面白いことを言っていたようで・・・。

(ちなみに「カントリー・ロード」については、ジェイムス・テイラーの曲にそういうのがあるから“Take Me Home”をつけさせたとか、、、やっぱりそうだったんだー。わたしもNo.10の記事に書いてますが、「カントリー・ロード」といえばまずJTです^^;)

一方で、「太陽を背にうけて」のことは「素晴らしい芸術作品だと思うよ」なんて言っていました・・・

ミルトンが心から応援し、信頼していたからこそ、ジョンは自信を持って素晴らしい歌を伝え、たくさんの人々の心を動かすことができたのではないかと思いました
↑読んでいただけたら評価をお願いします。↓コメントいただけるとさらに喜びます☆

テーマ:懐かしのフォ-クソング - ジャンル:音楽

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No.81 ミルトン・オクン~PP&Mとジョン・デンバーの架け橋
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らいむ&りーずん(2011.4- )

現在、松月は千葉からゆる~く発信中♪

プロフィール( -2011.3)

松月

Author:松月(しょうげつ)
別名「日立の笛吹き娘」

20代ですが、アメリカン・フォーク・ソングに10年間も熱中しています。

茨城で演奏活動されている読者の方々の影響で、現在はブルーグラスに傾倒?
広場にティンホイッスルを持ちこんで、人と地球にやさしい?音楽を発信中。

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